おりおりに 出逢った      「すきなもの」を      縦横無尽に ご紹介
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立てば











牡丹が終わり

芍薬の季節になりました




その名は

原産地の中国で

しとやかで美しいことを意味する

「綽約(しゃくやく)」

に由来するとか




ヨーロッパではバラにたとえられ

フランスでは「聖母のバラ」

スペインやイタリアでは「山のバラ」



呼ばれているそうです













花言葉は

夕方になると花びらを閉じることから

「はじらい」や「はにかみ」




そのほかには

「清浄」や「威厳」















学名は「Paeonia lactiflora」で

属名の「Paeonia(パエオニア、ペオニア)」は

ギリシャ神話の医薬の神である「Paeon(ペオン)」に由来し、

実際に

その根には

鎮痛・鎮痙・筋弛緩などの作用が認められる

漢方ではポピュラーな生薬で

肝臓を調えたり

神経を安定させたり

血液を活性化する薬効もあるようです




ちなみに

種名の「lactiflora」は

「ミルク色の花をもつ」という意味とのこと




原種は

白かクリーム色の花だったのでしょうか















<ついでにアザミも。我が家の庭では 蝶が好むお花です。>







今年植えた芍薬は

たった一輪あるだけで

部屋中を

上品な甘い香りで満たしてくれます


















【 補 記 】



芍薬の香りの効果について調べているとき

(残念ながらその効果はわかりませんでした…)

「精油成分が多いと香りが強く

香りの強いものは胃の粘膜を荒らしやすい」

旨の記述に出逢いました




かつて受講した

フィトセラピーの講座の中で

精油はもちろん

ハーブも

使いすぎると

肝臓に負担をかける



講師の方が話されていたことを思い出します




効果があるということは

それだけカラダへの作用が強い

ということ

なのだと




仕事の中で精油やハーブを採ることが多い

その方は

自宅では

精油やハーブを使わないと

おっしゃっていました




このところ

胃腸の調子がいまひとつ優れなかったのは

もしかしたら

部屋に飾った芍薬の

香りに一因があったのかもしれません





欧米で行われている

精油の飲用を

自己責任で行っている人もいるようですが

欧米人と日本人のカラダの違いも含めて

取り扱いは慎重に




あと

整髪料や香水などの強い香りもまた

使っている本人だけではなく

周りの人の

カラダに負荷を与えているということになりますね

風に吹かれて











青き衣のものたちの

ものがたりを読みながら



歩いて

乗って

乗って

たぶん のって…











































 











おそろしいほど

艶やかに

輝く

新緑














 





 






海のような

田と 川と 湖と


































白い雲は

たのしげに

おどり


































ひしゃくは

ふじのみつを

すくいだす













過去に戻るのではなく

過去に浸るのではなく

過去を終わらせるために




















いまをいきるために













風に吹かれて

一泊二日

はるのたび















@本日 立夏

牡丹華










百穀をうるおす

穀雨



先日の春の嵐の中

庭の牡丹が

花ひらきました



穀雨の末候

七十二候の「牡丹華(ぼたんはなひらく)」

より

ひとあしはやく…



牡丹の花言葉は

「(王者の)風格」「富貴」

とか







みつをあつめる

蜂たちが

にぎやかに飛び交う

はるのにわ

です





































はなまつり











列車の車窓に

これまでに見たことがないほどの

大量の桜吹雪が舞い始めた

と思ったら、

季節外れのみぞれでした



それは やがて

雪に変わり

目的の場所に着いた時には

道端には

積雪も























あたたかく晴れた去年とは

天気が大きく異なる、

菜の花や桜の花に雪が舞い散る

今年の花まつり



深く立ち込めた霧も手伝って

そこは

幻想的な時空になっていました































【おにのなみだ】



た ち

こ め る

も や



し づ く



泪 山


は な の ま つ り に

な る 水 は

ち り

な が れ

と く

隠 れ し

い の ち




*「おに」は 姿の見えないものを意味する漢語「隠(おん)」が語源、との説あり

cf. 年を経て花の鏡となる水は ちりかかるをや くもるといふらむ
(古今和歌集 四十四番)























はなまつりで

誕生仏に頭から甘茶を灌ぐのは

「お釈迦様がうまれたとき

天から九頭龍が舞い降りてきて

甘露を灌いだ」

という伝説にちなんでいます



この日の雪やみぞれは

甘露だったのかもしれません









<誕生仏の背後にある「撮影禁止」の表示にまったく気づきませんでした。。。
お寺としては撮ってほしくなかった写真ではありますが
しつらえがあまりにも可愛らしいので 使わせていただくことにしました。>











うめのとき











柱状節理の岩壁



幕を広げたように見えることにその名が由来する

幕山




ロック・クライミングのサイトで有名なその場所には

梅林があり

この時期

花をたのしむ人たちで賑わっています















私が訪れた昨日の開花状況は

五分咲き

ほど




むせ返るほどの梅の香りに

包まれたのは

生まれて初めてのことでした















最寄駅である湯河原駅の駅前に

この地を本拠とした

土肥実平の銅像があります




石橋山の合戦に敗れた

源頼朝は

水面に映る己の哀れな姿を見て自害しようとしますが、

土肥実平に引き止められ

その後

この幕山に潜伏していたとか















 







この地で英気を養い

やがて

真鶴港から出帆し

房総半島の勝山海岸に上陸




安房の武将や豪族の協力を得て

勢力を盛り返し

鎌倉幕府を開くに至ったのでした























幕山が 頼朝ゆかりの地であるらしいと

家人から知らされたのは

梅林訪問を決めてからで、

実際に

どういう場所であるかを調べたのは


今朝のこと




気づけば

昨日一緒だった友人の居住地は


伊豆と房総

であり

ともに

頼朝ゆかりの地

(ちなみに私は鎌倉在住)







 







帰りに

箱根湯元の温泉で

のんびり羽をのばしたのですが、

幕山は

箱根火山を形成する古期外輪山が成長していく途中に派生した火山

だったことを

これまた帰宅してから知りました















図らずも

ある流れの中にあった

一日だったのかもしれないと、

ほぼ満開となった

近所の梅を眺めながら

思っている

本日なのでした













はつはる











本日

旧暦2015年睦月の朔


あらたな年がはじまりました




私の地域では

昨日までの寒さは和らいで

暖かな春の陽が注ぎ、

近所の梅も

日ごとに花開いていて、

「はつはる」

といった雰囲気に満ちています




今季は

冬至

グレゴリウス暦の新年

立春

そして今日



4度の年明け

それぞれが

節目として

強く感じられました




それは

私にとって初めてのことです









冒頭の写真は

カナダ・ユーコン準州に生息する

野生の羊

ドールシープ(Dall sheep)




今年の新年の挨拶に使わせていただいた

上村知弘さんの写真です









また

今日は「雨水」



<陽気地上に発し

雪氷とけて雨水となればなり>




うみ から うみ へ















建国記念日の前の日のこと




ふと思い立って

極楽寺を訪ねた後

海まで足を伸ばしました















波が強かったからでしょうか

サーファーたちが

けっこう海に出ていました















わたゆきが舞った前日とは打って変わって

すっきりとした青空が広がったその日は

相変わらずの寒さで

風は冷めたかったのですが、

ワカメを拾い集める人や

ビーチコーミングを楽しむ人など

浜辺は

予想外に

人で賑わっていて…

















 
 




波打ち際で

寄せては返す波を見ていると、

はるか昔

地殻の大変動に伴って

海面が上昇と下降を繰り返すなか

波打ち際で生き抜いていた生物が

やがて

海へ還るものと

陸へ上がるものとに分かれた、

という

三木成夫さんの本に記されていた

進化の話が思い出されました




どうやら

生物は

海辺



森辺



大きな分岐を

経てきたようです































そして

その

プロセスは

私たちのカラダに

構造として

きちんと

記録されている…











 



 







キリリとした冬の空気の中

春の暖かさを抱いた陽に輝く海では

真夏のような光の下で

サーファー達が波に乗り

波打ち際には

秋の枯れ枝のような若芽の茎が打ち寄せれていて



なんだか

春夏秋冬が

ぎゅっ



詰まったような

その景色は、

海辺にいる私を

さまざまなところへ

運んでいきます
 






























しかし、

南北朝のころ


この浜辺に

出入りしたであろう

人たちの面影が、

その週末に訪ねた場所の

明治維新のあとさきへと

つながっていくとは、

この時は

まだ

気づいていませんでした




















そらをみあげて 立春










立 春 の 季 に

空 に 向 く は

養 生 の 一 つ













岡倉天心 曰く


「仰天有始 観物無我」












本日

旧暦師走の望



七十二候は

「東風解凍」

(はるかぜ こおりを とく)



そして

寒の明け













腑に落ちないことがらを

わかりいそぐことなく、

挑発に乗らず

乗せられず、


反応ではなく

思考によって、

繰り返されてきたワ(話/環)の

ナワ/ワナ



断ち切り、

いきてゆきたいものです






<御神籤 第十五番>



吹きあれし

あらしも

いつか

おさまりて

軒端に

きなく

うぐいすのこえ

(2015/02/03)




としあけ










2015年


あけまして


おめでとうございます












虹 わたる








小雪の初候

「虹蔵不見(にじかくれてみえず)」


最終日の朝




靄がかがやく

里山に

やわらかな虹



かかりました













共時性 協事生









「今日が始まり」




友人が

夕日に輝く海を見ながら

そう言った昨日、

私がずっと心待ちにしていた技術が

実用化に向けて動き始めたこと



今朝知りました




そのことを伝える記事を書かれた方も

あたらしい時代が

いよいよ

始まったこと



実感されているようでした




言葉や舞や歌をおろす

いわゆる

“かみごと”や“奉納”

そして

様々なご神事

といった

神(の使い)としてのはたらき



もはや

人の歩みを阻むものになってしまったことに

はっきり



気づいた

昨日でもあり




これらのことは

この国の本当の歴史と現実に

私たちが向き合う時を迎えたことを

意味しているように

私には思えます




それは

一貫してこの国を支えてきた

天皇制というものについて、

つまりは

この国のあり方について

私たちが

真剣に考えることへも

つながっていくのでしょう




「秘史」という言葉が付された

一連の本の中で

直接裏を取りようがない

でも

個人的にはとても腑に落ちる

情報に触れながら、

もしもこれらのことが本当であるなら

私たち日本人には

かなりの覚悟が求められるであろうことを

かんじています





でも

偽りの認識

偽りの土台



上には

何も築くことができません




カラダとイメージ(=意識)と言葉が一致することで

ひとが

ひととして

いきることができる

ように

現実とイメージ(=意識)と言葉(=理解)が一致することで

ひとは

未来をつくっていくことができる

のだと

思います
























おとつれ









「天地始粛(てんちはじめてさむし)」



ふさわしく

今日は

ぐっと涼しくなり

10月並みの気温とか




なんとなく

和菓子が食べたくなり

毎月届く和菓子の

最後の1個を取り出してみたら

「高らい餅・おとずれ」



記されていました




“夏から秋へ季節の移ろい

草原に野菊が数輪つぼみをつけて

秋のおとずれを待っている”




和菓子に添えられた三輪の野菊は

花開いているので

すでに あきがおとずれた

ということになるのでしょうか







高麗餅(これもち)は

豊臣秀吉の朝鮮出兵の後 朝鮮半島の人々により薩摩に伝わったとされる

もののようです




その由来が正しければ、

当時の朝鮮半島は

李氏朝鮮でしたから

高麗餅の「高麗」は

当時の国名ではなく、

その直前の高麗にちなんだのか

あるいは

遥かむかしの国である高麗という言葉になじみがあったのか…

「朝鮮半島」を意味する一般名詞のようなものとして使われた

と考えられます




この月曜日

高句麗北部に栄えた高麗からの渡来民について

話したばかりだったので

おもいがけず

高麗の文字を見つけて

ちょっと不思議な気持ちになりました







あきのひに

季節も

人も

おとづれて

風とともに









鷹乃学習

(たかすなわちわざをならう)





アクリル樹脂に浮かぶ

タンポポの綿毛



出逢いました





「風と生きる」

という

鷹の巣立ちのときに

ふわさしい

コトバ



ともに










【余談】


冒頭の写真

なんだか

脳のようにも

見えます































なごし









「夏越の大祓」



時を合わせるように

一つの区切りを迎えている

ように観じられる友人へ

花を贈りたくなりました




「一つの終わり と あらたな始まり」




maanoさんは

お伝えしたイメージ通りに

お花をアレンジしてくださいました




瑞々しくさわやかな緑



透き通る風のよう



ミントや青リンゴなどによって

香りもデザインしてくださって…



はなひらく美しさと

あらたな息吹を観じます







このお花が

友人へ発送された昨日、

お世話になっていたある方が

転身することを知りました




夏を超えて

実りの秋へ




今年ほど

「夏越し」という節目を

強く

意識したことはありません




昨日は

「半夏生(はんげしょうず)」



農家にとっては

この日までに田植えを終える

大事な節目の日

とのこと




このところ

節目や区切り

というものの大切さを

実感しています





[冒頭の写真は maanoさんが撮影されたものをお借りしました]

アレンジメントについての説明はこちら