共時性 協事生
「今日が始まり」
友人が
夕日に輝く海を見ながら
そう言った昨日、
私がずっと心待ちにしていた技術が
実用化に向けて動き始めたこと
を
今朝知りました
そのことを伝える記事を書かれた方も
あたらしい時代が
いよいよ
始まったこと
を
実感されているようでした
言葉や舞や歌をおろす
いわゆる
“かみごと”や“奉納”
そして
様々なご神事
といった
神(の使い)としてのはたらき
は
もはや
人の歩みを阻むものになってしまったことに
はっきり
と
気づいた
昨日でもあり
これらのことは
この国の本当の歴史と現実に
私たちが向き合う時を迎えたことを
意味しているように
私には思えます
それは
一貫してこの国を支えてきた
天皇制というものについて、
つまりは
この国のあり方について
私たちが
真剣に考えることへも
つながっていくのでしょう
「秘史」という言葉が付された
一連の本の中で
直接裏を取りようがない
でも
個人的にはとても腑に落ちる
情報に触れながら、
もしもこれらのことが本当であるなら
私たち日本人には
かなりの覚悟が求められるであろうことを
かんじています
でも
偽りの認識
偽りの土台
の
上には
何も築くことができません
カラダとイメージ(=意識)と言葉が一致することで
ひとが
ひととして
いきることができる
ように
現実とイメージ(=意識)と言葉(=理解)が一致することで
ひとは
未来をつくっていくことができる
のだと
思います