おりおりに 出逢った      「すきなもの」を      縦横無尽に ご紹介
http://sukimono.edoblog.net/

aborigine






<写真はこちらからお借りしました>









朝食というか1日の初めに食べる(ことが多い)サラダに生のナッツは欠かせないのですが、

ここ数年は

中でもマカデミアナッツは体が欲しているようで、

なくてはならない常備食材の一つです。




特にその栄養を気にしたことはなく

ハワイ土産を連想するぐらいしか知識のなかった木の実でしたが、

今日あることを調べていたら

マカデミアナッツはオーストラリア原産

アボリジニにとって特別なものだったことを知りました。




だからどうなの?

という話ではありますが(笑)

実は今

アボリジニ にまつわる石を一つ

私の場に招こうと思っているところでしたので、

今日見つけたマカデミアについての情報は

その石を自分が所持することについてまだどこかに躊躇がある私にとって

OKサインのように思えたのです。




ネイティブ・アメリカンやアボリジニなど

地球上の“先住民”と呼ばれる人たちに対しては、

その自然観に共鳴するものの

スピリチュアルの領域で“消費”されている印象があるからか

やや距離を置いていて、

その人たちにつながる何かを所持したいと思ったことはありませんでした。




また、

かなり前に読んだ『ミュータント・メッセージ』という

アボリジニと一緒に旅をしたという本が、

内容は面白かったのですが

私には、なぜかアボリジニについて良いイメージを持てないものとなっていました。




そのずっと後になって買った『ソングライン』という本も

読みにくくて読み通せなかったからでしょうか

私の中のアボリジニに対するイメージを良くはしてくれませんでした。




そんな状況で

なぜか惹かれた

アボリジニの石




今日この文章に出会って

上記2冊が私に及ぼした悪影響はきれいに祓われました(笑)。

(相変わらず、アボリジニのアートは私の好みではありませんが。)




7月に入ったら

気になるその石に直接触れて

最終的な判断を下そうと思っています。




ちなみに

アボリジニ/aborigineの語源は

PIE root ap-“off, away from”+PIE root heri- “to rise”




ポリネシア語で「昇る太陽の子」を意味する

kamakura

を思い出しました。





旅に出る











『そして、ぼくは旅に出た。』




出かけ間際に このタイトルが目に留まり、家人の本で溢れる本箱から 手に取った昨日。



電車の中で読み始めると、

このところ遠ざかっていた異国への旅の匂いが身体中に充満し、

懐かしくもあり 新鮮でもあり、

まるで彼の鼓動を聴きながら一緒に旅をしているような気持ちになりました。




そんな晴れ晴れとした心のままで帰宅し、何気なく開いたサイトの記事の冒頭は、



「旅の準備をしよう。」



“旅”が重ねてやってきました。




そしてその夜、

冒頭の本の著者の写真集について検索していたら、

セバスチャン・サルガドが昨年、

『Genesis[ジェネシス]』に次ぐ写真集を出していたことを知りました。

それは、7年にわたってアマゾンの生態系と先住民族の生活を追った

『Amazônia[アマゾニア]』

現在、世界規模で写真展が巡回しているようです。



「なんと、このタイミングでサルガド⁉︎」



私は心の中で叫びました。



私にとってサルガド(の写真(展))は

ある旅の始まりに位置していて、

そのことを特に意識してきたわけでもなかったのですが、

こう反応してしまった私の無意識下では

どうやら“サルガド”と“旅”は強く結びついていたようです。




旅に呼ばれているのか

旅を呼んでいるのか

単なる思い過ごしか




ま、いずれにせよ。



気が向いたら、

サルガドの最新の写真集が

東京都写真美術館の図書室にあるらしいので、

行ってみようかなと思っています。





わら一本















il filo di Paglia

わら一本




農業に関心のある方なら

このオリーブオイルの名前から

オイルの素性が分かるはず




そう

福岡正信さんの

『わら一本の革命』



共鳴した人たちによって作られた

オリーブオイルなのです




このオイルが誕生し日本で紹介されるまでの経緯は

こちらのページをご参照ください




日本人が日本で著した日本語の本が

他の言葉に翻訳され

アフリカ人の手から

イタリア人の手から手に渡され

それが一助となり、

また

同じく『わら一本の革命』を読んで

自然栽培のオリーブオイルを作っていた女性が

町の祭りで踊っている時に彼らと知り合ったことで

このオイルが生まれた…




思想や価値観そして生き様は

DNAや言葉や国境を超えて

伝わり 分かち合われ 緩やかなつながりを育んでいくのですね




自然放任栽培と理解されてきた

福岡さんの農法から

いま

日本における

“自然の摂理に添い

その生命の可能性を開かせる(手伝いをする)農”



経験と知識を蓄えつつ

少しずつ

進化しています




私には

「わら一本」とは

バックミンスター・フラーの言う「トリムタブ」に思えるのです











【 補 記 】



参照としてリンクしたページの中の

「Chi siamo 私達について」

の冒頭の一文。




僕たちは思想そのものだ。

地に足をつけ、

それら思想を実現する過程で

一体どんな事が起きるのかを見るために

いま歩んでいる。




「我らは大地そのものである

ということに気付くと、

ここが直ちに畢竟 浄の世界である。

考えそのものが大地になるのである。

大地そのものが考えるのである。」

という

鈴木大拙氏の言葉

を思い出します







つながり







 





昨年の夏頃から

月1のペースで通っている地域があります




用事の前後に

ランチをしたいお店があるのですが

なかなかタイミングが合わず

行けないままでした






今日

駅の周辺で食事場所を探していたとき

その瞬間まで全く念頭になかった

そのお店のことをふと思い出し

訪ねてみると

嬉しいことに

OPEN ♪




「やっと来られました」

なんてことからおしゃべりしていたら

そのお店の女性オーナーと

いろいろ

幾つかの領域にわたって

話が通じ

なんとも不思議で楽しい気持ちになりました

(両腕あたりがゾクゾクもしましたけど。笑)




もしも

このお店を初めて訪ねた時に入れていたら

いや

昨年の内に入れていたら

今日の話の半分(以上かな?)は

できなかったことを考えると

「とき」

というものは

うまく計らわれているものだと

つくづく

思います




帰りの電車の中で

そのお店のブログを読んでいたら

今日話題に上らなかった共通項も

見えてきて


次に訪ねるときの

楽しみができました


















@今日 奄美大島の名瀬で ヒカンザクラが満開になったとのこと





たびのそら











前から一度乗ってみたいと思っていた

ローカル線



先頭の窓に張り付いて

ひらけゆく景色を大いに楽しみました



鉄子になった気分です(笑)










































【補記】


この旅から戻って

なぜか

「花はどこへ行った(Where Have All The Flowers Gone?)」

のメロディーが浮かんでいます




以下は 忌野清志郎さんの訳詞です







野に咲く花は どこへいった

遠い昔の ものがたり

野に咲く花は 少女の胸に

そっとやさしく抱かれていた



かわいい少女は どこへいった

遠い昔の ものがたり

かわいい少女は 大人になって恋をして

ある若者に抱かれていた



その若者は どこへいった

遠い昔の ものがたり

その若者は 兵隊にとられて

戦場の炎に抱かれてしまった



その若者は どうなった

その戦場で どうなった

その若者は 死んでしまった

小さなお墓に埋められた



小さなお墓は どうなった

長い日月が 流れた

お墓のまわりに 花が咲いて

そっとやさしく抱かれていた



その咲く花は どこへいった

遠い昔の ものがたり

その咲く花は 少女の胸に

そっとやさしく抱かれていた



野に咲く花は どこへいった

遠い昔の ものがたり

野に咲く花は 少女の胸に

そっとやさしく抱かれていた


さくらさくら








たしか

ひと月ほど前に活けた

啓翁桜



当時は

花はちらほらで

蕾が多かったのに

いまでは

満開の時を過ぎ

葉桜のときへと向かっています



水だけで

命を育みつづける

枝ものの

生命力には

ただただ

驚くばかりです




桜といえば

日本の花のイメージですが

その原産は

ヒマラヤ近郊なのだとか



インドと日本



雑誌『g2(ジーツー)vol.15』に掲載された「海洋アースダイバー」で

中沢新一さんが

ユーラシア大陸の東の端から

日本列島が分離した要因についての いくつもの説のなかから

「とりわけ私のお気に入り」として紹介している説が、

私も 気に入っています



それは、

マダガスカル沖にあったインド島が

ユーラシア大陸にぶつかって

インド亜大陸となった

その衝突の圧力と地形の歪みが

(この衝突によってヒマラヤがうまれました)

次第に

ユーラシア大陸の東へと伝播し、

それによって

日本列島が

分離した、

というもの




日本人になじみの深いツルも

また

ヒマラヤの文脈で思い出すもののひとつです



日本には迷鳥として渡来することがあるという

アネハヅルは

ヒマラヤ山脈を越える渡りをします






















はるのうみ




<携帯のカメラに指がかかっていたようで 左上に影が映り込んでしまいました。。。>






旧暦の新年が明けた翌日の

如月のついたちは

全国的に

春のような暖かい日和となりました





3つのプレートが接合したエネルギーを

足元に感じながら

山道を歩いていると

はるか古の旅人になったような気持ちになります




山歩きをご一緒したのは

海人としての縄文人について本を書かれた方で、

ちょうど先日

千葉県市川市国分にある雷下遺跡から

国内最古とみられる

約7500年前の丸木舟が見つかった

という発表があったばかりということもあり、

現在発売中の雑誌に載っている

中沢新一さんの

「海洋アースダイバー」

の内容にも触れながら、

アフリカから旅してきたヒトの

いくつものグループに想いを馳せつつ、

“旅するひと”

の連なりの中に

自分があることに

ときめき



うれしさ



ほこらしさ



感じたのでした