わたしを束ねないで
確か 中学生の頃だったと思います。
この詩に出逢って 以来、
ことあるごとに また ふとしたときに 思い出し、
ことあるごとに また ふとしたときに 思い出し、
いつも わたしのこころのなかで 通奏低音のように響いています。
【 わたしを束ねないで 】
新川和江
わたしを束ねないで
あらせいとうの花のように
白い葱のように
束ねないでください わたしは稲穂
秋 大地が胸を焦がす
見渡すかぎりの金色[こんじき]の稲穂
わたしを止めないで
標本箱の昆虫のように
高原からきた絵葉書のように
止めないでください わたしは羽撃[はばた]き
こやみなく空のひろさをかいさぐっている
目には見えないつばさの音
わたしを注[つ]がないで
日常用に薄められた牛乳のように
ぬるい酒のように
注がないでください わたしは海
夜 とほうもなく満ちてくる
苦い潮[うしお] ふちのない水
わたしを名付けないで
娘という名 妻という名
重々しい母という名でしつらえた座に
坐りきりにさせないでください わたしは風
りんごの木と
泉のありかを知っている風
わたしを区切らないで
,[コンマ]や .[ピリオド] いつくかの段落
そしておしまいに「さよなら」があったりする手紙のようには
こまめにけりをつけないでください わたしは終わりのない文章
川と同じに
はてしなく流れていく 拡がっていく 一行の詩