穴門 ひらく
<一つのメルヘン>
中原中也
秋の夜は、はるかの彼方に、
小石ばかりの、河原があって、
それに陽は、さらさらと
さらさらと射しているのでありました。
陽といっても、まるで珪石か何かのようで、
非常な個体の粉末のようで、
さればこそ、さらさらと
かすかな音を立ててもいるのでした。
さて小石の上に、今しも一つの蝶がとまり、
淡い、それでいてくっきりとした
影を落としているのでした。
やがてその蝶がみえなくなると、いつのまにか、
今迄流れてもいなかった川床に、水は
さらさらと、さらさらと流れているのでありました……
*
旅先から送った
「一つのメルヘン」が書かれたハガキ
受け取った友から届いたメールを読んで
彼女が言う通り
この詩が
今回の旅がどんなものだったのかを
うまく
あらわしているように
観じました
この詩を
好きだったことや
これが
中原中也のものであることを、
「歩みのリズム」
という
企画展の言葉に惹かれて訪ねた
彼の記念館で
ずいぶんと久しぶりに
思い出したのでした
家人が取った宿は
中也が結婚式を挙げた場所
彼が最期を迎えたのが
鎌倉であったことを
ここで初めて知りました
中 也
いい ことば です