出芽/出駕
昨日の朝
ずっと芽が出なくて諦めかけていた鉢から
芽が出ていました
自然栽培のレモンから取り出した種
いくつ取り出したか覚えていないので
すべての種が出芽したかどうかは不明です
が
とりあえずは
全鉢出芽♪
めでたし 芽出たし
十字が刻まれた鍵[2023年5月3日(水)明け方の夢]
この5月3日(水)の明け方に見た夢のカケラ。
すぐに書き留めたものを ほぼそのままの文面でここに置いておくことにします。
*****
いろんな場所…奇妙な場所も含めて…を歩いている。
(もう記憶がおぼろげになっているが)異界のような穢れ地のような
何か怪物や異形のものたちが徘徊しているような場所も通り、
たどり着いたのは
前にも来たことがある(と夢の中で認識している)ホテル。
私はそこに泊まっていて、どうやら家人も一緒だった。
そのホテルのどこかの一室と思われる場所で、私は、
(漫画『風の谷のナウシカ』で彼岸に去るときのミラルパと
ダリの「茹でた隠元豆のある柔らかい構造(内乱の予感)」が混じったような。
大阪万博の公式キャラクターのミャクミャクに通じる不気味さもある)
異形のヒト型怪物を、
それはガタイの良いゲルマン人くらいの大きさが…2メールくらいか…あったのだけど、
胸に抱えられるぐらいの大きさに作り変えた。
なにかに 誰かに指示されて、という印象。
それをザックリとした(聖骸布のような)麻布みたいなものにくるんで、
胸に抱いてエレベータに乗り、
「確か一つ上の階で降りた方が行きやすかった」と思い 5階(だったかな?)を押すが、
なんらかのことが頭をよぎって やはりその階で降りようと思い直し
4階(だったかな?)を押した。はずなのだが、
なぜか指が間違えて 結局すべての他の階も押してしまい、
「各階停車になるなぁ…。でもそれはなんか嫌だなぁ…」と対処法を考えていたら、
次の階に向かっている最中にその階を押せばキャンセルできることを思い出し、
そのようにして途中で余計な階に止まることなく部屋の階へ。
抱えている怪物をどうしようか、
家人や他の人に見られないように どこか適当な場所に捨てに(or処理しに)行くまで
とりあえずどこに置こうか、
と考える。
良さそうの場所だと思えたところは、パブリックスペースである階段だと分かり、
結局 部屋の中へ。
どこに置いたのか記憶にない。
家人が散歩に行くという。
夕食の時刻を念押しすると、たぶんレストランに直行することになるとのこと。
そして家人は外出。
そんなやりとりを、その階のエレベーターホール…というか、部屋の前でやっていた(ことに、いつの間にかなっていた)ら(しい)、
半円形になっているパブリックスペースに面して隣の部屋のドアが開き、
出てきたのは、母の姉とその娘[*共に長女。母系で私とつながる2世代の長女]。
二人は何かやりとりしていたようだった。
そしてどういう経緯[いきさつ]だったのかは忘れたが、
私も会話に加わると 十字の話となり、
「十字は肉体をあらわし ◯も肉体をあらわす」と教えてくれた。
「じゃあ㊉…島津の紋章は強烈に肉体をあらわしているんですね〜」
というような話をしていたら、
叔母か従姉妹が、“持ち手の部分に十字が刻まれた鍵”が何本か掛かったキーホルダーをかざし、
私に一つ選ぶように言う。
一つ(十字のあたりが)錆びたものが目に留まり、
錆びたのは嫌だなぁと思ったのに、
なぜか私はその鍵を手にしていた。
*
で、夢はたぶんここで終わり。
これ以降は、その夢の余韻による
(目覚めた状態からというか、夢うつつ状態の)私の中での展開。
その前日目にしたある方のブログ記事
[その方が情報源として信用している人を偽情報提供者として非難する人物に対し 遺憾をあらわした内容]
や
そこから展開した“情報や人との付き合い方”、
結局は自分の内側に拠るしかないということや、
遺憾を表明したその方が言う「分断させようとする人たち」もまた私たちと分断させられていて…
というようなことが脳裏をよぎり、
そんなこんなの全ての大元は、
結局この宇宙の原初の歪み…出来損ないの宇宙でしかなく、
そう思うと いろんなこと…すべてのことがバカらしく感じられ、
どうでもいいことに思えた。
また、同じくその前日に見た
ある巫女/祭祀王系の方が5/3に行なうという儀式についてのツイートを思い出し、
“(宇宙の)エネルギーを集めて意図を実現する”という
精神世界では普通に用いられている手法が、
結局は、「このバカらしい」世界を補強するものでしかないように感じ、
“以前から「その方が説明しているようなエネルギーの使い方は、
宇宙の自然な流れ 宇宙のRIを歪ませている、逆流させている」と感じていた”
ことを改めて思い出した。
そんなこんなのことが一気に混ざり合い、
私が夢でつくった怪物が、
ナウシカの巨神兵や バカらしいこの世界で使われてきたものに 重なり思え、
夢で渡された錆びのついた鍵は、
このバカらしい世界を終わらせることのできる扉…宇宙の流れ[*それは人の存在の内にある、と思われる]を
ひらくことができるのかもしれない…。
というような思いが湧き、
最初は、
(キリストの墓があるとされている東北の地域では額に十字を描くというのを思い出し)
十字を臍呼吸に重ねて、額で臍呼吸と同じイメージで呼吸して見たが、
うまくはたらかない。
臍呼吸のなかで、額に十字の動きをもたらせないか と思い、
そのためにはまず身体を落ち着かせようと トイレへ行き
トイレに行ってそのまま 完全に忘れない内にメモしている、という今。
*****
この後、「十字+臍呼吸」がどうなったのかは 覚えていません(笑)。
しばらく
(この日一日? 翌日まで?)
「何もかもが馬鹿らしい」
「出来損ないの命」
「出来損ないの宇宙」
という思いが私の場に漂っていました。
サファイア・ダイアモンド
ずっと引き出しの奥に忘れ去られていたものが
突如
意識にのぼり
ある日を境に 日常的に使うようになることがあります
このサファイアのペンダントも
そんなものの一つです
今のように石に対して深い親しみを感じていたわけでもない1991年
当時NYに滞在していた私は
何か記念になる誕生日プレゼントを自分に贈ろうと思い、
宝石商が軒[机?]を連ねているビルのワンフロアへ足を運んで
“悪くなさそうな”[=ぼったくりしなさそうな]人に
誕生石で小さなペンダントを作ってもらったのでした
花びらのように可愛いダイヤモンドを配してくれたのは
お店の方だったと思います
その後これをどの程度身につけたのかすら
記憶にないほどの関係だったのですが
今年になって
(2月に入った頃からでしょうか…)
ふとこのペンダントが目に留まり
それ以降ほぼ毎日
気がつけば今では毎日
身につけるようになっています
身につける石は
胸に当て
息が自然に深く吸えるものを選んでいます
つまり
このペンダントは今年に入ってからの私の身体に
最も馴染んでいる石
ということになります
先日の旅で訪ねたお店の方との事前のやりとりで
1989年と1991年
という年が話題にのぼりました
そして改めてこのペンダントに意識が向いていたそんな中
届いたニュースレターのタイトルが
「サファイア・ダイアモンド・シールド/Sapphire Diamond Shield」
ではありませんか
彼女の文章は長い上に独特の用語が多用されているので
まず原文では読もうとは思わないし
機械翻訳しても読み進めることができないので
いつもはすぐに削除するのですが、
今回ばかりは読まずにはいられませんでした
…が
やはり読み通すのは無理でした(笑)
ただ
馴染みのない固有名詞やモノ象り[モノカタリ]を濾過して俯瞰するなら
なんとなく
言わんとしていることが理解できるような気もします
なので
今日のところは
DeepLの機械翻訳そのままの文章を
参考までに載せておくことにします
(このブログのフォーマットにとって全文は長すぎたようなので前半部分のみ
それでも十分に長いです)
先々 理解ができるようになるかもしれませんから(笑)
ちなみにこのペンダントをつくった1991年は
ある方曰く
「日本のしくみ」が発動した年だそうです
挟まれて猫が消えた
このあいだの3月4日(土)に
ちょっと不思議なこと?変なこと?がありました。
午後の遅い時間、日がかなり傾いていた頃、
壁を隔てて隣接している大家さんの畑で
何やらガサゴソと音がしていました。
大家さんが何か作業をしているのだろうな
とあまり気にしていなかったのですが、
その畑がわの窓へ行ったとき
塀の下から
水仙の茂みの中で ダンボールらしきものに挟まれ猫がもがいている姿が
目に入ってきました。
ダンボール箱に体を突っ込んでいる
のではなく、
猫の左右にダンボールみたいなものがあり
何がどうなっているのか分からないけれど
その挟まれている状況から脱するために
さっきからジタバタと格闘していたようなのです。
窓を開け
「必要だったら手伝うけど」
と声をかけると
猫は
驚いたのか
箱ごと急いで畑の奥の方へ去っていき…
様子を見ようと
二階のベランダに出たときには
猫の姿も猫が挟まっていたダンボールらしきものも
さっきまで派手に鳴り響いていたガサゴソという音も
一切が消えていて
ただいつもの畑がそこに広がっているだけでした。
猫が箱から脱することが出来たのなら
箱が畑に転がっているはずですし、
まだ箱に挟まっているのならば
あのガサゴソ音は聞こえているはずなのですが、
そのどちらもないのです。
何がどうなっていたのか
何がどうなったのか
分かりませんし、
別段大したことでもないのですが(笑)、
なんだか不思議な感じがしたので
メモとしてここに記しておくことにしました。
*
ちなみに、
この記事によれば(日本時間の)3月4日のその時間帯に
下記のようなことが起こっていたそうです。
2023年3月4日午前9時30分(中央ヨーロッパ時間/日本時間は17時30分)、
アルゴリアンの宇宙艦隊は、
5D地球がゲリオス銀河に移動し、
ローカル宇宙の太陽に近いオリックス星の周回軌道に乗った
ことを報告しました。
その前に7Dの地球が移され、
その5次元の姉妹とともに、
これらのレベルにアップグレードした私たちの魂をホストすることができます。
<猫がダンボールに挟まれてもがいていた場所>
賜ぶ旅[2023.02.28(火)明け方の夢]
2023年2月の最終日の明け方に見た夢のカケラ
そうしたくなったので
思い出そうとしないでも覚えていた ほんのわずかな場面を
書き留めておこうと思います
*
(「日本語で数学をする」をテーマに掲げたゼミで知り合った)友人二人が
次に私が行く(ことになっている)場所から
私を誘いに
あるいは
なかなか来ない私を迎えに
やってきました
私は二人を見て「あぁ 二人は先に着いてたんだなぁ」と思い
そこへ向かうことに
興味深いことには
この二人が
いま私の気持ちをある場所につなぎ導いてくれている二つの石に重なるのでした
《ブランドバーグ産水晶とアルプス産スモーキークォーツ》
それまでいた場所[*カフェか宿か、そんな感じのところ]で
支払いを済ませるためにカウンターへ行く私
会計担当の男性
[*私が旅や山行する際に利用するアウトドア店のスタッフ。
青年海外協力隊でニカラグアでアートを教えた経験があり 写真家の側面も。
私の中では中南米の匂いと共に在る人です]
に
彼がよく旅に出ていることを知る私が
次の旅の予定を尋ねると、
「まだ夏のフライト(and/orスケジュール)が閉じている(or開いてない)んですよ」
というような答えが帰ってきました
*
そして
この夢のカケラを文字としてまとめて残しておこうとすると、
その前日、27日(月)の散歩中に目に留まった白椿が浮かんでくるのでした
*
【つなぐ旅】
た
ま
わりた
道
すすみゆく
あけ
かた
閉じたまく
ひらくまく
たからかに
たま
いたり
そら
はれ
に
あ
ソ
へ
ゆく
マ
に
もつ
秘
徒
は
戸
はからふ/はらふ
なみ
を
うけ
津奈久[つなぐ]
【追記】
この記事を投稿するのとほぼ同時に届いたメールは、
上に記した二つの石が私を導いてくれている(であろう)場所/方からのものでした
立春
[写真:Beautiful universeより]
体の動かし方、意識の使い方、様々な枠組み…。
あらゆるレベル あらゆる場面で
エネルギーの自然な流れを阻害している実感が、深まった一年でした。
確実に、自然な流れを実現する場(面)をつくっていく。
それが今年のテーマです。
時空を超えた共事性/協事性
@2011/11/09(水) 17:44:22
琉球の某島にて
@2011/11/09(水) 17:47:44
同上
@2022/11/09(水) 10:11:39
@2022/11/09(水) 13:37:45
@2022/11/10(木) 13:41:51
@2022/11/10(木) 13:41:59
@2022/11/10(木) 14:18:53
@2022/11/10(木) 14:20:58
@2022/11/10(木) 14:22:25
@2022/11/10(木)15:48:35
@2022/11/10(木)15:57:36
@2022/11/10(木)16:12:22
@2022/11/10(木)16:12:29
*
11月3日(木)に
「ポタスのポータルの封印がまもなく解除される」
との報に触れ
わたしの中でつながった時空たち
なんと
2011年と今年2022年は同じ曜日…つまり同じカレンダーでした
cf. 別のサイトにおけるcalendarの語源
海の記憶、水の記憶
10月4日(火)
天秤シスターズの友人との散歩の日
設定したコースの途中に見つけた神社へ立ち寄った際
珍しくおみくじを引いてみたくなりました
個人的におみくじは
うた
だけを受け取ります
「いま」の状況を的確に言い表しているかのような
そのうた
自宅でこの写真↑を撮るとき
おみくじの番号が目に留まりました
第九番
「九は究なり」
「最後のどんづまりまで来るというのが九のイメージ」
ある漢字の語源サイトの記述を思い出しました。
社を後にして
予定していた保全緑地を散策し
海側の住宅地へ抜け
目に飛び込んできた海は
これまで見てきた海とはまったく違うものでした
この写真↑は
その場所からずいぶん下って撮ったものですが、
そのとき目に入ってきたのは
視界の八割…
感覚的には九割…
が
濃紺の海に埋め尽くされており、
その海ははてしなく広がっていて
広がり続けていて
世界のすべてがその海にのみ込まれてしまう
ような感覚に襲われたのでした
それは
まるで別の映像が空に差し込まれたかのような
異次元的な空間でした
全身の細胞が一斉に 励起し 泡立ち
とてつもない恐怖を感じた私は
思わずその場にしゃがみこんでしまいした
その衝撃はしばらく続き
住宅地の坂を下りながら ようやく落ち着きを取り戻したあたりで
壁のような海から見慣れた高さの水平線になっていたこともあり
ようやく海にカメラを向けることができたのでした
私ほどではないにしろ似たような恐怖を感じていた友人が
津波に襲われるときはこういう感じなのかも
と呟いたとき
神話や伝承が伝える“洪水や海にのまれて消滅した文明”
が脳裏をよぎりました
私の人生において
海にのまれるような経験はありませんが
人類が体験した情報が
もしかしたら私の細胞に刻まれているのかも知れない…
そんなことを思ったりしました
帰宅しても一種の励起状態が続いている身体を感じながら
身体の奥底にしまい込まれていたエネルギー(の塊)が
ほどけていくような心持ちになっていました
調べてみると
その日訪ねた社の祭神は
海とつながりが深い玉依姫命(と五頭龍大神)
出かけるときに手が選んだのは
「発見されたほとんどの石は、丸みを帯びた滑らかな形をしており、
水の中で長い時間を過ごしてきたことを示して」いる
「水のエレメントと親和性の高い(ニュージーランド産の)石」のブレスレット
(と
糸魚川産翡翠のイヤーカフ
と
ロシア産フェナカイトのネックレス)
でした