未來からの風
<宮沢賢治「生徒諸君に寄せる」より>
何がわれらをこの暗みから救ふのか
あらゆる労れと悩みを燃やせ
すべてのねがひの形を変へよ
*
新らしい風のやうに爽やかな星雲のやうに
透明に愉快な明日は来る
諸君よ紺いろした北上山地のある稜は
速やかにその形を変じやう
野原の草は俄かに丈を倍加しやう
あらたな樹木や花の群落が
ゝ
ゝ
ゝ
ゝ
ゝ
*
諸君よ 紺いろの地平線が膨らみ高まるときに
諸君はその中に没することを欲するか
じつに諸君はその地平線に於る
あらゆる形の山岳でなければならぬ
*
来るそれは一つの送られた光線であり
決せられた南の風である
諸君はこの時代に強ひられ率ひられて
奴隷のやうに忍従することを欲するか
むしろ諸君よ 更にあらたな正しい時代をつくれ
宇宙は絶えずわれらに依って変化する
潮汐や風
あらゆる自然の力を用い尽くすことから一歩進んで
諸君は新たな自然を形成するのに努めねばならぬ
*
新らしい時代のコペルニクスよ
余りにも重苦しい重力の法則から
この銀河系統を解き放て
新らしい時代のダーウヰンよ
更に東洋風静観のキャレンヂャーに載って
銀河系空間の外にも至って
更にも透明に深く正しい地史と
増訂された生物学をわれらに示せ
衝動のやうにさへ行はれる
すべての農業労働を
冷く透明な解析によって
その藍いろの影といっしょに
舞踏の範囲に高めよ
*
新たな詩人よ
嵐から雲から光から
新たな透明なエネルギーを得て
人と地球にとるべき形を暗示せよ
新たな時代のマルクスよ
これらの盲目な衝動から動く世界を
素晴らしく美しい構成に変へよ
諸君はこの颯爽たる
諸君の未来圏から吹いて来る
透明な清潔な風を感じないのか
*
誰が誰よりどうだとか
誰の仕事がどうしたとか
そんなことを云ってゐるひまがあるのか
さあわれわれは一つになって