おりおりに 出逢った      「すきなもの」を      縦横無尽に ご紹介
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みち








わたしの まえに ひろがる みち


わたしの うしろに できる みち




みちからみちへ




わたしを

ひとりだちさせた

自然



ともに








【補記】


以前にもアップした

上村知弘さんの写真です



夏至タイム







今日

たっぷりのタイム



いただきました




部屋に飾って

お茶にして

お風呂に入れて

ポプリにもして…



使い道を思いめぐらしながら

とりあえず

竹笊に盛って

玄関に






<ティートゥリーと山盛りのタイム>




端午の節句に飾られていた薬玉は

もともとは

その香りによって邪気をはらうために

薬草や香草を袋に詰めたもの

と言います




すでに

旧暦の端午の節句も

とうに過ぎてしまいましたが、

梅雨はこれからが本番



明日あたりから

梅雨空が戻ってくるとの予報ですから、

雨に降り籠められる時期を

今日のタイムと

少し前にいただいたティートゥリー

香り高い植物の力を借りて

清々しく過ごすことができそうです






<こちらは亜麻と一緒に>




そういえば

明日は夏至



ヨーロッパでは夏至祭が行なわれます



フィンランドでは

夏至の日に

ポプラや白樺の葉で窓を飾るとか



また

夏至の前夜に摘む薬草は

特に効果があると

信じられてきたようです




摘んだばかりのタイムをいただいたのは

夕刻ですから

夏至の前夜



かなり近い

と言えますね(笑)





 




夏至の夜

(かつて一日は夜から始まりました)



今宵は

洋の東西の伝統に思いを馳せ

香草のお風呂を

楽しむことにしましょうか






<亜麻の花>





あおのとき








深い

海のような

空のような

いつくしみのような














デルフィニウム




ウィキペディアで紹介されている一説によれば

「あお」

ということばは

「あふ(=合う、会う)」

またはその関連語である

「あひ(=間)」

であり

アイヌ語の「あふ(=会)」の他界観

とも関連すると

捉えられている

とのこと





「かえる はじめて なく」





立夏の初候の最終日



ふさわしく






















みとりのひ


今年は
例年に増して
新緑の 特にきみどり色があざやかで
昭和天皇の誕生日が
「みどりの日」
とされたのは
もっともなことだったなぁ
思っていたら
「みどりの日」は
「昭和の日」という名に変わっていたのですね






昭和とは
『書経』の中の 伝説の王・堯を讃えた一文に
由来する元号とのこと


九族既睦
平章百姓
百姓
萬邦
黎民於變時雍



九族 既に睦みて
百姓(ひゃくせい)を平章(べんしょう)し
百姓 昭明にして
萬邦を協和し
黎民 於(おほ)いに變(しげ)り時(こ)れ雍(やはら)ぐ



多くの人たちが仲良くして
それぞれが分をわきまえ
人々が それぞれ徳を明らかにすれば
世界の共存繁栄がはかられ
国民は大いに栄え また和合したのである



こちらのサイトから引用させていただきました>







一世一元となってからの元号を
由来と共に観てみると
くっきりとした意図にそった
ひとつの流れ
として
捉えることができます



明治
(明に嚮(むか)いて治む)



大正
(大亨は以って正天の道なり)



昭和
(百姓昭明 協和萬邦)



平成
(内平かに外成る 地平らかに天成る)




その流れにおいて
昭和という言葉は
「ひとのよ」

宣言
のように思えるのです




みつみつしい みどり
したたる
旧暦卯月の朔の今日
“昭和し 平成なる”
ことに
思いを馳せてみたくなりました


せいめい







「万物発して清浄明潔なれば 此芽は何の草としれるなり」





清明の初日

東京へ出る用事があったので

ついでに

いま一般公開されている

皇居の乾通りへ行ってみました


が、

最寄り駅の改札を出たところで

あまりの人の多さに 入門受付が終了

とのアナウンス




せっかく皇居まで来たので

お堀のまわりを

散策してきました














2012年の春に彦根へ行ってから
井伊直弼さんが
ときどきアンテナにひっかかるようになりました

その関係からちょっと気になっていた桜田門
昭和天皇の暗殺未遂事件も桜田門であったのですね







憲政記念館の お堀に面した場所に
かつての井伊邸の井戸
「桜の井」

残っています













「桜の井」と
外堀通りを挟んだところにある
「柳の井」

お堀の土手にあるので近くまで行くことができません
写真右下の柳の下にあるようです







憲政記念館に隣接する「国会前庭庭園」にあった
木の根のような岩





























空が広い場所は

とても気持ちがいいものです




東京にも

うつくしい空があります




広い空と

流れる水と

いきいきとした緑



もっともっと

東京に増えていってほしいものです



それぞれの春


きょうは朝から

南からの風が強く

私が住む地域では

午後から更に風が強まり

交通機関への影響も危惧されています



春一番 となるのかもしれません



ちなみに関東での春一番の条件は

1)立春から春分の間    
    
2)南よりの風       
       
3)東京で8メートル以上の風

4)最高気温は前日より高い 

5)日本海に低気圧     

なのだそうです       



あさ

掃き出し窓の近くを掃除していたとき

そんなことを思ったからでしょうか

懐かしい歌

浮かんできました



「別れと出会いの春」



毎年

巡ってくるわけですが

なぜか今年は特に

「 それぞれの はる 」

というものを

観じます







春一番が

掃除したてのサッシの窓に

ほこりの渦を踊らせてます



机 本箱

運び出された荷物のあとは

畳の色がそこだけ若いわ



お引っ越しの

お祝い返しは

微笑みにして届けます



やさしい悪魔(神)と住み慣れた部屋


それでは 鍵が サカサマよ

おかしくって


涙が出そう



1 2 3

三歩目からは

1 2 3

それぞれの道

私たち歩いて行くんですね





[「微笑み返し」の歌詞より

きょうの感じに合わせて編集しました

()内は 私の加筆です]

菜虫化蝶









なむしちょうとなる





あさ



ふと

去年の秋に買ったお茶



飲みたくなりました



蝶が好きなわけではないし

正直

この絵柄は苦手なのに

なぜか

その苦手な絵柄が気になって

買い求めたもの



その後ずっと

人に贈ることもなく

封を切ることもなく


今日まで来ていました



このお茶を買った台湾が

蝶で有名であることを知ったのは

帰国してからのことです



玉山の登り下り

いくたびも

蝶が

目にとまったのは

そういう理由があったからかもしれません

(といって珍しい蝶を見たわけではないのですが…)





今日

私の住む地域は


4月中旬なみの陽気だったそうです



しみじみと

「はるがきた」

と思えた日



冬の寒さが身に染みたぶん

春の訪れが待ち遠しく

春の訪れがほんとうにうれしくて



世界に向けて

「Spring has co〜me !!」



あらん限りの声を尽くして言いたくなった

夕刻でした(笑)




水泉動








本日は

七十二候の第六十八候「水泉動」

しみず あたたかを ふくむ

地中で凍った泉が動き始める




あるサイトに、

「地上のあらゆるものが凍りつく 寒さ厳しい小寒

地中では凍った泉が融けて動き始め

春への準備が着々と進んでいます」

との解説がありました




01/10

という

線対称とも反転とも

あるいは

進展とも開闢とも

観て取れる数の並びの今日




届いたメールマガジンで

グリーンランドの氷床下に湖が発見されたことを知り

「水泉動」

というコトバが

リアルな実感を持って響いてきました




総理経験者が立候補を表明した都知事選は

ちょうどひと月後ですね





















【余談】


グリーンランドでの発見を伝えるメールマガジンに載っていた

「音波で浮上させた物体の3次元操作に成功した」

という記事も

興味深いです


はじまり と おわり



今日は グレゴリウス暦2014年の元旦

そして 旧暦師走の朔



この時期は 太陽と月の周期が寄り添っているようで

1月の晦日が 旧暦の元旦

3月の1日が 旧暦2月の朔

となっています





12月は師走と呼ばれますが、

その語源の説の一つに

「四季の果てる月」という意味の 「四極(しはつ)」や

「一年の最後に成し終える」という意味の 「為果つ(しはつ)」があるようです



個人的には 「師が走り回る」というよりも

こちらの方が しっくりきます



「果て」を意味する名の呼び名が

「しはつ」と

はじまりを連想させるオトであるのが

興味深くもあり

また

「しわす」

と書けば

「し 和す」 とも読め

これまた 意味深長な名に思えてきます

(「し」は 上記の“四”や“為”とも取れますが
 
古くは 息吹や命を意味する言葉でもあったようです)



新暦の一年の始まりの月と

旧暦の一年の終わりの月が

かさなっている

はじまり と おわり の とき



あらたなものが うまれなければ

ふるいものは おわることができません

ひとりひとりの聖誕祭



今日は クリスマス



Christmasは

「Christ(クライスト)」と「mass(マス)」を合わせた言葉で

Christは キリスト

massは ミサ(missa=礼拝)

を意味しているとか



更にそれぞれの語源を調べてみると、

「Christ」は

聖香油を意味するchrisma(クリスマ)とも

ヘブライ語のמָשִׁיחַ(メシア)のギリシア語訳ともあり

いずれにしても 「油を注がれて聖別された者」に由来し、

「mass」や「missa」は

ラテン語のmittere(ミテレ=送る 放つ 解散する)で

礼拝の終わりに司教が告げる言葉

「Ite, missa est(イテ・ミサ・エスト)」(行きなさい 解散します)

に由来するようです



メシアもキリストも

ある時期からは「救世主」を意味するようになりました



クリスマスは

通常

キリストの聖誕祭

とされます



もともと

古の「冬至の祭」に由来するクリスマスの日は

イエスの誕生した日ではなく

救世主が生まれたことを祝う日のようです



その言葉の原義をたどると

救世主が解散する

とも

救世主を放つ

とも

聖別という概念が終わる

とも

捉えることができます




一人一人が

その人にとっての救世主であることを考えると、

油を注がれた特別な“救世主”の時代は終わり

自らの救世主たる 自律した“ひと”が 広がっていく

とき



みることもできそうです



古の時代

冬至は一年のはじまりだったとか


ふるい時代が終わり

あらたな時代が始まる


今年の冬至 そして クリスマスの「とき」は

そんな予感に満ちているように観じられるのです



ある方が

私たちはみんな かけがえのない「答え」である



おっしゃっていました



一人一人が

この世界の「問い」であり

すなわち

「答え」である

ということになるでしょうか…




クリスマスは

そんな救世主たる一人一人が

生まれたことを祝う日

であり

自らの いのち や 生 について考え

“いま”を顧みる日

なのかもしれません

八朔


               今日 ある場所で
               八朔のお祝いに と 小豆粥を饗されて
               今日が八朔であることを知りました。


               旧暦八月の朔


               早稲の穂が実る頃で、
               農民の間で初穂を恩人などに贈る風習が古くからあったそうです。
               ゆえに 田の実の節句 とも呼ばれるとか。
               今でも いくつかの地域では 八朔を祝っているようです。


                       これを書きながら
                       このところ「穂」という文字をよく目にするような気がして思い出してみると、
                       スピカはラテン語の穂先を意味する語に由来し、
                       その語の原義は(穂先のように)尖ったもの。
                       五芒星の「芒(のぎ)」も また
                       稲や麦などの穀物の先にある突起・刺のようなものが原義であるようです。
                       そして ある封印の地が 穂先と関連づけられていて、
                       少し前に 友人とそのことでメールをやりとりしていました。


               ちなみに Wikipediaによれば(*上記の情報もそうなのですが)、
               徳川家康が初めて公式に江戸城に入城したのが
               天正18年8月1日(グレゴリオ暦1590年8月30日)とされており、
               江戸幕府はこの日を正月に次ぐ祝日としていたとのこと。

               個人的には、
               「八朔」が江戸の祝日だったということが
               昨日アップしたブログの記事とつながって観えるので、
               今日が八朔であることが 非常に興味深く思えます。



On Your Mark


昨日 あることを調べていたら、

宮崎駿さんがつくった

CHAGE&ASUKAの曲のプロモーション映像に

行き当たりました



『風の谷のナウシカ』と共通のものを感じる

その映像について

宮崎さんは


「暗号のようなものは

いっぱい入れてあるけれども。

 音楽映画だから

見た人の感じたように

受け取ってもらってかまわないんです」


と 語っています



私は

既に 多くの人が

気づき 指摘しているように、

宮崎さんの作品に

人間が共有するデータ

集合意識とでもいうようなものを

強く感じるのです


そして


「われわれは 血を吐きながら
 
繰り返し 繰り返し
 
その朝を越えて飛ぶ鳥だ」


というナウシカの台詞を

思い出します



ON  YOUR  MARK



Get set



Go!!


 


すすむために




かたりつぐ ひともなく

ふきすさぶ かぜのなかへ

まぎれちらばる ほしのなは

わすれられても

ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない




あしあとは ふるあめと

ふるときの なかへきえて

たたえるうたは

えいゆうの ためにすぎても

ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない





 
行く先を 照らすのは

まだ咲かぬ 見果てぬ夢

遥か後ろを照らすのは

あどけない夢

ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない

ヘッドライト テールライト 旅はまだ終わらない





by  中島みゆき さん

 



 

あまてる








山を歩いていて

ある場所にさしかかった時

一面の笹が

陽に照らされて

輝く海のように見えました



うまく写真に捉えることができなかったのが残念ですが

雰囲気が少しでも伝われば

幸いです




あまてる

天てる

海てる

女てる

数てる